2016年3月19日土曜日

「わたしを離さないで」最終回の感想:愛と希望の結末は…生きること、愛することの意味


「生きる」ことの意味を考えさせられる作品でした



健康な人に身体の一部を「提供」する為に作られたクローン人間。

そんな国の制度から彼らを守ろうとした者が創った学園で育った3人…

彼らが自分達の運命にどう向き合っていくのかを通して、

限られた時間の中で「生きる」ということの意味を問う人間ドラマ。




陽光学園で育った恭子(綾瀬はるか)、美和(水川あさみ)、友彦(三浦春馬)

美和はもう提供が終わり、この世にいない…。

そして友にも3度目の提供の日がもうすぐ来る。




3度目の提供は特別で、殆どの提供者は3度目で終了を迎える。

「死」の宣告を受けるようなものだ。

中には3度目を耐えられる身体の持ち主もいるが、

4度目の提供まで、自分でトイレも行けなくなったり、

心身ともに過酷な時間を過ごすことなるそうだ (-_-;)




何て残酷な運命なんだろう。

恭子たちのクラスメイトだった真実(中井ノエミ)は、

「私たちのような存在を作るのなら、

どうか何も考えないように作って下さい。」

と訴え、自ら命を絶った。




今は廃校になってしまった陽光だが、

次郎先生(甲本雅裕)は、こども達に絵を教えて

彼ら(提供者)の存在を伝えている。




創立者の恵美子先生(麻生祐未)も

この「仕組み」が終わることを望んでいる。



クローンによる「提供」のおかげでどんどん長寿になり、

長過ぎる人生を扱いかねると考え、

ある程度年のいった人だと「提供」を拒否する

ケースも増えているそうだ。




最後が近づき、友が自暴自棄になっている時に

偶然龍子先生(伊藤歩)と再会する恭子。

子ども達のサッカーの試合を観に来ないかと誘われる。




龍子先生は陽光に来る前から

「提供者」たちの権利を獲得する運動をしていた。

今は、提供者から「提供」を受けた人にインタビューして

記事にする仕事をしている。




友と仲が良かったクラスメイトの「ひろき」から

子どもの時に心臓を提供された父親が

試合の応援に来ていた。

彼は自分の子供に「ひろき」と名付けていた。




「あなた達からすれば身勝手な善意かもしれない。

あなた達の命が役にたってますと言われても、

それが何?って話よね…

でも私はその事実に救われた。

そこに感謝があることに。」




そして龍子先生は二人に

「生まれてきてくれてありがとう。ありがとうございます。」

と頭を下げる。




ずっと夢を追いかけて来た友は、

恭子が側にいてくれるだけで良かったことに気付く。

「ずっと恭子に会いたかったという夢が

とっくに叶っていたことに気付いた。」




気づかないというか、忘れてしまうのか、

叶ってる夢って結構あるかも…

友の言葉にハッとさせられた。




「生まれてきて良かった。この世に恭子が居てくれて良かった。

会えて良かった。こんな終わり方が出来て良かった。」

愛する人からこんな風に言われて、

恭子も本当に幸せだと思う。




友が居なくなって一年…。

相変わらず「介護人」のままの恭子。

みんなの思い出を宝箱に入れてきたが、

もう蓋もしまらなくなってしまった。





望が崎で恵美子先生と再会して、

なぜ宝箱をみんなに渡したのかを尋ねると

「誰にも奪えない物を持っていて欲しかった。

あなた達の身体は奪われてしまう。

だけど思い出は奪えない。

それはあなた達を支える縁になってくれる

のではないかと思ったのですよ。」


そんな深い意味があったとは!




恵美子先生と別れて、

「友、私もそっちへ行っていいかな?もういいよね。」と

海に入っていく恭子の足に、一年前に川へ流した

友のサッカーボールが…

「来てはダメだよ。生きて。」と言っているように

まとわりつく。

再び宝箱を提げて歩き出す恭子。





「みんな同じようなものなのかもしれない。

何の為に生れてきたかなんてわからず、

命は必ず終わる。

それが知らされているか、いないかだけの違い。」




生まれてきた意味、

「使命」について、

夢について、

生まれてきて良かったと思えること、

あらためて考えるきっかけになった。




このドラマは二度観ると、より感動するだろう。

最後まで観て本当に良かった。


わたしを離さないで 金曜22時 TBS







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